古/いにしえの面影       其の一阡四百五拾二
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2017年10月30日 月曜日
アップ日  2019年05月17日 金曜日
大阪府大阪市港区海岸通(帆船EXPO)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

台風22号:アジア名サオラー(Saola)と命名された。
25日夜にはフィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)によって
フィリピン名ケーダン(Quedan)と命名された。
その後は発達しながら北上、西日本・東日本の太平洋側、奄美地方、沖縄県に大荒れの天気をもたらし、
30日0時に三陸沖(北緯38度、東経144度)で温帯低気圧となった。
30日正午には千島近海で944hPaに達し爆弾低気圧となった。
台風の中心が陸地から離れていたことから、本州・四国では21号のような豪雨にはならなかったが、
宮崎県では記録的な大雨となった。
また、湖西線・阪和線は、30日の午前中まで運休した。
(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

CITY LINEで新門司港から
九州とは、お別れです。

※台風は逸れた感じで
瀬戸内海は波静かでした~

朝焼けの明石大橋
明石側

※淡路島側

後ろからは
同航路のフェリー

※南港着

偶然、天保山に回った所~

※日本丸、海王丸!
大阪世界帆船まつり'83(おおさかせかいはんせんまつり'83、英:osaka world sail '83)は、
1983年10月22日から同年11月1日まで、大阪21世紀計画の
プロローグと大阪城築城400年まつりを記念して
大阪港を舞台に行われたイベント(地方博覧会)である。
当日の23日には快晴の西風風速5メートルとこれまでにない帆船・ヨットなどの
船舶にとって絶好のコンディションの天候となり、
午前10:00よりホスト船ニューゆうとぴあの「みおつくしの鐘」の点鐘と共に
日本丸を先頭に帆船パレードが開始された。
当時の大阪市長大島靖を始め、三笠宮寛仁親王、当時の運輸大臣長谷川峻の臨席のもとで
オープニングセレモニーが開始され、約500隻のパレード伴走のヨット、
警備・報道・見学関係などの約2000隻のモーターボートが各帆船に随伴し、
阪南港沖から大阪港大関門、大阪港の各係留岸壁(桜島岸壁、安治川口・天保山岸壁、大阪港第一岸壁)まで
全帆船がおおよそフルセイル(満帆)で午後の15:00までにパレードを完走した。
パレード中の各水上ショー、パレード後の各陸上イベント、花火大会、帆船イルミネーションと
各イベントもこの日開催されて約24万の観客を記録した。
海軍を持たない国家でのシビリアンレベルでの国際的な大規模帆船パレードの
開催・運営は世界でも例を見ないユニークな祭典でもあった。
(Wikipediaより)


日本丸(にっぽんまる、英語: Nippon Maru)は、
海技教育機構が保有する航海練習船。日本を代表する大型帆船である。
初代日本丸の後継として、1984年(昭和59年)に日本丸II世が就航した。
日本丸II世は帆装艤装設計から製作まで、すべて日本国内で行われた初の大型帆船である。
住友重機械工業浦賀工場で建造された。
先代の日本丸に比べて帆走性能が大幅に向上しており、
世界でも有数の高速帆船として名をつらねている。
その年で最速の帆船に贈られる「ボストン・ティーポットトロフィー」を1986年(昭和61年)、
1989年(平成元年)、1993年(平成5年)と三回受賞している。
なお、日本丸II世と姉妹船の海王丸II世(1989年(平成元年)就航)を見分けるための大きな違いは、
船体横(舷側)の青いラインの数と舳先にある船首像である。
青いラインが濃く1本が日本丸II世、薄い青で2本が海王丸II世、
日本丸II世の船首像は手を合わせて祈る女性の姿をしており、
「藍青(らんじょう)」と名付けられている。

※海王丸II世の船首像は横笛を吹く女性で、
「紺青(こんじょう)」と名付けられている。
(Wikipediaより) 


サグレスのフルセイルでの
南港入港覚えています。

※海王丸
前には~

大阪港開港150年を記念して、大型帆船「日本丸」と「海王丸」が
約20年ぶりに大阪港に同時入港するとともに、
大阪市が所有していたもと「あこがれ」が帆船「みらいへ」として凱旋、
また、汽船「大成丸」も同時入港します。
(水都大阪HPより)


※本当なら
先代の海王丸は富山県と大阪市が5年毎に交代でそれぞれの場所に係留する計画でしたが
1994年に大阪市が練習帆船「あこがれ」を建造・所有したため、
結果的に富山新港に永久係留展示となりました。
(いこまいけ高岡HPより)


1993年に「あこがれ」として就航、大阪市が保有して大阪南港の「ATCオズ岸壁」を
定係地として「セイル・トレーニング事業」に使用していた。
一般市民が航海を体験できた日本で唯一の帆船(スクーナー)であった。船名は一般公募で選ばれた。
日本で唯一、誰でも乗れる帆船(小学4年生以上、上限はなし)として
クルージング的な要素の強い1日コース、エンジンを停止して帆走を行い高所での展畳帆作業などや
本格的な内容となる入門宿泊コース(1泊2日 - 3泊4日まで)、乗船者が乗組員の指導の下で
操船等を行う航海型コースの3コースが設定されていた。
基本的には大阪南港を母港として運航を行っていたが、
長崎帆船まつりなど各地や日本国外でのイベントにも参加することもあった。
2011年に大阪市長に就任した橋下徹による一連の市政改革の一環により、
2012年末をもって運航を終了、「セイル・トレーニング事業」も同年度末をもって廃止された。
その後、船舶は競売に掛けられ、個人に売却された。
売却された「あこがれ」は2014年7月5日から、船名を「みらいへ」に変え、
神戸港を母港に体験航海事業を再開している。
(Wikipediaより)


※

新造船での揃い踏みは
初めて見ました!

※

船は出ていく煙は出ない…

※

可愛い
鼓笛隊の入場~

※

甲板上も

※岸壁も
これからの人々!
前途洋々~

海王丸で
セイルドリルが始まりました!

※

4檣バーク型帆船で、総帆数は36枚(横帆18枚、縦帆18枚)、
メインマスト高は43.5 m(船楼甲板からの高さ)に達する。
東京港のレインボーブリッジは、
本船の通航を想定して設計されたと言われている。
(Wikipediaより)


※

舳先部

※メインマストで~

フォアマストで~

※船全体で~
家内が、これ見て泣いてましたわ~
我が子より若い子達の躍動に…
親御さんの思いに感情移入して…

孫世代も
躍動して~

このまま海王丸は出航しました。

※取材ヘリ

タグボートに牽引されて~

※もう少しフェリーが遅く着いたら
海上で擦違ったかも~
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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