古/いにしえの面影       其の一阡四百七拾六
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2018年06月06日 木曜日
アップ日  2020年05月23日 土曜日
京都府舞鶴市(西舞鶴駅付近Ⅱ)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

西舞鶴(にしまいづる)は、現在の舞鶴市の西半分。
1936年8月1日に舞鶴町が四所村、高野村、池内村、余内村
、中筋村を編入,翌翌1938年8月1日に市制を施行し、
1943年5月27日に東舞鶴市と合併するまでの舞鶴市に相当し、旧舞鶴市とも呼ばれる。
愛宕山を望む田辺城(舞鶴城)の城下町である旧舞鶴市区域に、
由良川川筋の加佐地区を合わせた舞鶴市の西半分を指す場合もある。
東舞鶴とは異なり、江戸時代は田辺藩の城下町として
舞鶴港や伊佐津川を中心に発展し、また近代は商業都市として発展した。
かつては加佐郡の中心地であり、郡役所が置かれていた。
旧田辺城の近辺には由緒ある社寺が多く残る。
現在では、裁判所など国や京都府の出先機関が数多く立地しており、
2005年(平成17年)4月に舞鶴東警察署と舞鶴西警察署が統合した
舞鶴警察署、舞鶴海洋気象台および第八管区海上保安本部がある。
(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

私の、お勧め!
丸富士食品さん

※新鮮なのが
美味くて安い!
また行きたいなぁ~

毎回、これだけ
買って帰りましたが~

※サンモールマナイ

真名井の名水



大手川
高野川に流れ込むこの大手川は、かつて田辺城の外堀として
重要な防御の役割を果たすだけでなく、
この大手川に沿って職人町(現在の北田辺)と七軒(現在の南田辺七軒)にあった田辺藩の
武家屋敷に人や品物を運ぶ運河の役もしていました。
この場所から見える石橋は、江戸時代から唯一残る農人橋です。
この橋は引土の農家が農作物を町に売るのに使われていました。
(舞鶴百撰より)




高野川
向うは愛宕山(213.0m)

※水辺に蔵屋敷が有ったとか~

新大橋脇に
地蔵堂

※化粧地蔵尊

竹屋町通沿いの
茶又旅館サン
泊まりたかったですがね~

※本町通から望む

虫小窓も~



平野屋通沿いの
若の湯サン



米屋
本合商店サン

※大福帳と秤(カンカン)が~

京都北都信用金庫
洋館が良いですね!

※造酒屋看板
良いですね~

高野川夜景
土蔵が見えます~

※ピンボケごめん!

平野屋通夜景

※竹屋町通夜景

水辺の風景
大好きです!

※向うは舞鶴港
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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