古/いにしえの面影       其の一阡四百弐拾五
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2017年09月23日 土曜日
アップ日  2019年05月06日 月曜日
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺(嵐山散策)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
エエ歌に誘われて~
天龍寺(てんりゅうじ)は、京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町(すすきのばばちょう)にある、
臨済宗天龍寺派大本山の寺院。山号は霊亀山(れいぎざん)。
寺号は正しくは霊亀山天龍資聖禅寺(れいぎざんてんりゅうしせいぜんじ)と称する。
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利尊氏、開山(初代住職)は夢窓疎石である。
足利将軍家と後醍醐天皇ゆかりの禅寺として京都五山の第一位とされてきた。
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。
(Wikipediaより)

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嵐山駅前商店街?

※修学旅行生も
インバウンドの方も見えます~


地蔵様

※水の匂いが~

路地の向こうに~

※榎を見返って~

嵐山の峰(382m)も~

※有名所~

前に

※渡月橋には大勢の人が~

旧小林家住宅

※京都府船井郡園部宍人
近くは前に

縁側は見えませんが~

※ゆっくり縁側で
お茶を飲みたいですね~

嵐山羅漢さん
宝厳院の呼び掛けで、日本各地の個人や企業がそれぞれ思いを石仏に託し
奉納したものだそうで、変わった風景が広がっています。


※人力車
牽引力も話題力も兼ね備えて~

えびすやさんでしょうか?

※宝厳院(ほうごんいん)は京都府京都市右京区にある臨済宗天龍寺派の寺院で天龍寺の塔頭。
山号は大亀山。庭園や建物は時代劇の撮影に使用されている。
寛正2年(1461年)、細川頼之が聖仲永光を開山に招聘して創建。当時は現在の京都市上京区にあった。
応仁の乱(1467年 - 1477年)に巻き込まれて焼失し、天正年間(1573年 - 1591年)に再興された、
明治時代 河川工事のため、寺域が買い上げられ、天龍寺塔頭の弘源寺内に移転した。
平成14年(2002年)、天龍寺方丈南側の現在地を購入して移転、再興した。
(Wikipediaより)


築地が~



天龍寺は京都五山の第一として栄え、寺域は約950万平方メートル、
現在の嵐電帷子ノ辻駅あたりにまで及ぶ広大なもので、子院150か寺を数えたという。
しかし、その後のたびたびの火災により、創建当時の建物はことごとく失われた。
中世には延文3年(1358年)、貞治6年(1367年)、応安6年(1373年)、
康暦2年(1380年)、文安4年(1447年)、応仁元年(1467年)と、6回も火災に遭っている。
応仁の乱による焼失・再建後、文禄5年(1596年)慶長伏見地震にて倒壊。
その後しばらくは安泰であったが、江戸時代の文化12年(1815年)にも焼失、
さらに幕末の元治元年(1864年)、禁門の変(蛤御門の変)で大打撃を受け、
現存伽藍の大部分は明治時代後半以降のものである。
なお、方丈の西側にある夢窓疎石作の庭園(特別名勝・史跡)にわずかに当初の面影がうかがえる。
(Wikipediaより)


※鐘楼

渡廊下



※法堂(はっとう)とは、仏教寺院において、僧侶が仏教を講義する建物のことである。
「法堂」は主に禅宗寺院で用いられ、そのほかの宗派では講堂(こうどう)と呼ばれることが多い。
法堂の成立はインドではなく、中国であり、仏教が貴族階級に浸透し始めた
南北朝時代には既に成立していたものと思われる。
(Wikipediaより)




桟瓦ですが
甍の波!

※築地も瓦が二次使用され~

忠魂碑
日露戦争時でしょうか?

※護国霊社

ワンコは御庭で
休憩中~
我が家の愛犬、思い出します~

※後宇多天皇(ごうだてんのう、
1267年12月17日(文永4年12月1日) - 1324年7月16日(元亨4年6月25日))は、
鎌倉時代の第91代天皇(在位:1274年3月6日(文永11年1月26日) - 1287年11月27日(弘安10年10月21日))。
諱は世仁(よひと)。

後亀山天皇(ごかめやまてんのう、
1350年(正平5年)- 1424年5月10日(応永31年4月12日))は、南北朝時代の第99代天皇にして、
南朝最後の第4代天皇(在位:1383年(弘和3年/永徳3年)冬 - 1392年11月19日(元中9年/明徳3年閏10月5日))。
諱は熙成(ひろなり)。
北朝を擁護する将軍足利義満が提示した講和条件を受諾して、三種の神器を北朝・後小松天皇に伝えて譲位し、
南北朝合一を実現した。
1911年(明治44年)に南朝が正統とされたため、歴代天皇として公認されるようになった。
(Wikipediaより)


築地瓦には
紅葉模様も~

※彼岸花も萩も
花の時期

山の紅葉は
もう少し~

※フヨウ(芙蓉、Hibiscus mutabilis)はアオイ科フヨウ属の落葉低木。
種小名 mutabilisは「変化しやすい」(英語のmutable)の意。
「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。
(Wikipediaより)


水摺福壽大弁財天

※曹源池
蓮も秋色~

薄も秋色~

※勅使(ちょくし)とは、天皇・皇帝・王など君主が出す使者のこと。
勅使は天皇の代理としての資格を以って宣旨を伝達することから、勅使を迎える者が、
たとえ官位において勅使よりも上位であったとしても、天皇への臣礼同様、
敬意を払うこととされた。
主に鎌倉幕府成立以降、勅使は将軍宣下や勅令の伝達を主として担った。
江戸幕府では勅使下向に際し、外様大名のなかから勅使や院使の饗応役を任じてこれを接遇した。
江戸時代に将軍宣下が江戸城内で行われるようになると、勅使は下座に坐し、
将軍が上座に坐すという変則が常態化した。
しかし、これも幕末になると尊王思想の浸透により公武の権威がふたたび逆転、
勅使が上座、将軍が下座となる。
勅使を受け入れる施設や宿場、寺社には勅使専用の部屋や門を造られ、
現在でも勅使の間、勅使門として残されているところがある。
(Wikipediaより)


築地好きです~


やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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