古/いにしえの面影       其の一阡四百四拾一
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2017年10月29日 日曜日
アップ日  2019年05月13日 月曜日
大分県別府市堀田(赤不動尊)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

台風22号:アジア名サオラー(Saola)と命名された。
25日夜にはフィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)によって
フィリピン名ケーダン(Quedan)と命名された。
その後は発達しながら北上、西日本・東日本の太平洋側、奄美地方、沖縄県に大荒れの天気をもたらし、
30日0時に三陸沖(北緯38度、東経144度)で温帯低気圧となった。
30日正午には千島近海で944hPaに達し爆弾低気圧となった。
台風の中心が陸地から離れていたことから、本州・四国では21号のような豪雨にはならなかったが、
宮崎県では記録的な大雨となった。
また、湖西線・阪和線は、30日の午前中まで運休した。
(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

堀田湯治場石畳先の
坂道を上って~

※石垣原の戦い(いしがきばるのたたかい)は、
慶長5年(1600年)9月13日に豊後国速見郡石垣原(大分県別府市)で
行なわれた黒田如水(孝高)軍と大友義統(吉統)軍の合戦である。
(Wikipediaより)


 鶴見岳一気登山道
本日は無理!



イシグロの様な
石垣に目が行きます~



脇を見ると~

※鏝絵?
こんな立体的なのは
初めて見ました!

遠く別府湾の向こうに
国東半島も~
手前が実相寺山

※石の祠も~

見晴らしの良い高台に
多くの石物が集められて~
大友方の武将、宗像掃部がこの辺りに陣を構えたと伝えられています。
この場所からは、黒田方が陣を構えた加来(角)殿山や実相寺山、
激戦が行われた扇状地を一望することができます。




 石燈籠



赤不動尊

※背面には北白川宮成久王殿下筧古碑

北白川宮成久王(きたしらかわのみや なるひさおう、
1887年(明治20年)4月18日 - 1923年(大正12年)4月1日)は、日本の皇族。
階級は陸軍大佐。北白川宮能久親王の第3王子。


怒りとも悲しみとも
浮かべた表情

※征露軍人紀念塔銘

不動尊移転記念碑


やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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