古/いにしえの面影       其の一阡五百!
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2018年09月12日 水曜日
アップ日  2020年07月04日 土曜日
京都府綾部市安国寺町寺ノ段(安国寺)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

足利 尊氏(あしかが たかうじ)は、鎌倉時代末期から室町時代(南北朝時代)前期の武将。
鎌倉幕府の御家人 。足利貞氏の次男。室町幕府初代征夷大将軍(在職:1338年 - 1358年)、
足利将軍家の祖。姓名は源 尊氏(みなもと の たかうじ)。
河内源氏義国流足利氏本宗家の8代目棟梁。足利貞氏の次男として生まれる。
歴代当主の慣例に従い、初めは得宗・北条高時の偏諱を受け高氏(たかうじ)と名乗っていた。
元弘3年(1333年)に後醍醐天皇が伯耆船上山で挙兵した際、その鎮圧のため幕府軍を率いて上洛したが、
丹波国篠村八幡宮で幕府への反乱を宣言、六波羅探題を滅ぼした。
幕府滅亡の勲功第一とされ、後醍醐天皇の諱・尊治(たかはる)の偏諱を受け、
高氏の名を尊氏(たかうじ)に改める。
延元3年/暦応元年(1338年)、尊氏は光明天皇から征夷大将軍に任じられ
、室町幕府が名実ともに成立した。。
(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

R27沿いの綾部市渕垣町には
妻入り家屋が並んでいます。

※トタン被せですが~
 
コナレタ物も~

安国寺ロードパークに足利尊氏公像
前には~
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※JR舞鶴線
踏切渡って~

綾部西国33ヵ所霊場
室町時代末期開創、昭和59(1984)年に復興
開創時の名称は、「何鹿郡西国三十三番札所」(通称、郡三十三観音霊場)となっていた。
何鹿郡は、綾部地方の旧名称である。
復興されたときに、再編と改称が行われた。
番外霊場の6札所を含む、全39ヶ寺で構成されている。
西国三十三ヶ所観音霊場にならった、写しの観音霊場である。
(ニッポンの霊場HPより)




安国寺(あんこくじ)は、京都府綾部市(丹波国)にある臨済宗東福寺派の寺院。
山号は景徳山。
正暦4年(993年)に光福寺として創建。上杉氏の菩提寺となった。
足利将軍家による安国寺利生塔となり、景徳山安国寺と改めた。
(Wikipediaより)


※青モミジが綺麗

山門

※五鳳楼
扁額

天保14年(1843)に再建された
 天田郡観音寺(京都府福知山市字観音寺)
この地区には色んな所に名人の匠が居るんですね。

※脇から~

向うに~

※仏殿
山津波により寛保三年(1743)再建とか
 奇麗な茅葺屋根
うっとりします。

※裏から~

仏殿扁額

※御本尊

見返って~

庫裏の茅葺も目を惹きます。

※奇麗なぁ~


生活感は~



鐘楼

※句碑
里人に 尊氏忌あり 遅桜
小鼓子


句碑

宝篋印塔
 上杉清子(生母) 足利尊氏  赤橋登子(妻)



弁天池でしょうか?

※萬国英霊塔

安国寺の集落の向こうに
綾部安国寺IC望む

※境内案内図
池名無し

足利尊氏公産湯の井


やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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